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July 14, 2012

1万円は100万円の100分の1だからね。

ずいぶん前のことになりますが、小中学生を集めて行う夏の林間学校みたいな行事に協力したときのこと。船で出かける旅行だったんですけど、海の上にいる間にビンに手紙を詰めて流してみようという企画がありまして。

 ところが。

 一部の関係者の人が、ビンを海に投げるのはゴミの不法投棄と同じで環境汚染になるから反対だと言い始められましてですね。まあ、原理的にはそうでしょう。自然にはないものを海に投げ込むんですからね。しかし、ガラスのビンは別に有害物質ではないし、世界中で海に流れ出しているゴミが毎年何百万トンあるのか知りませんが、それに比べたら目にも見えないレベル。海の向こうの誰かが拾ってくれたらうれしいな、という子どもたちの無垢な夢を挫く理由にはなるはずもないと思っていたら、反対派の人たちは意外に強硬で、林間学校の主催者側の人に「少量でもゴミになる可能性のある物を海に投げるのはいけない。環境汚染を認めるのか?」と難詰を続けられまして、ついに主催者側の人は手紙の入ったビンを流すイベントを中止すると言わされてしまいました。

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 ゼロリスクを求めていては何も出来ない、ゼロか、そうじゃないかの二元論じゃどうしようもないという話を書いたんですが(「絶対に」安全、なんてないのさ。)、こういう「絶対」を求める人って、量の感覚、数量の理解のバランスが悪いようにも思うのです。

 普通の大人なら、100円と100万円の違いは実感として理解できる。たぶん、1000万円、1億円くらいまでなら感覚として分かる。ところが10億円となるとだんだんその大きさが抽象的になってきませんか?会社経営とかしている人なら実感のある数字でしょうけど、10億円くらいになるとニュースで見る数字であって、日常に接することは少なくなる。そしてこれが1000億円とか、10兆円とかになると、そりゃ数字としてはどういう量なのかは知っているけれど、実感を伴わないものになってくる。

 でもそれは、やはり1000億円であり、10兆円であって、巨額で重大な数字ではあるんです。日常生活の実感からは遠くなるけど、重大な数字なのです。だから、真剣に考えなくちゃいけない。

 なんだか最近、こういう数量の意味を忘れてしまったかのような、日常生活の感覚だけの感情的な議論が多いように思うのです。いや、最近じゃなくて、昔からあったのに、ネットが普及してそういう議論が可視化されただけなのかもしれませんが。

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 国会議員の数が多すぎるとか、議員歳費をもらい過ぎだと攻撃する人たちがいる。そりゃね、税金で賄っているんだから節約するに越したことはない。でも、何を以て「多い」のか。議員の仕事にお金がかかるのは当然だし、有能な人に議員を目指してもらうためにはそれなりの待遇があるべきだと思うの。議員の数にしても、多数代表制でも比例代表制でもいいけど、国民の声を正当に代表させて安定した政権運営をするのはどういう選挙制度でどのくらいの議席が必要なのか、というところから議論すべきで、「まずは自身の身を切る努力から」などという場当たり的で感情的な対策が成熟した議会政治に資するとも思えないんですよね。

 国会議員を一人減らせばたぶん1億円くらい節約になるのかもしれない。しかし、国家予算は100兆円くらいの話をしていて、そこには10の6乗の差がある。100人減らすとしてもまだ1万倍。税金を原資としているのだから節約せねばならない、というテーゼには反論のしようがないですけど、数字を見れば議員歳費の問題とか現実的には重箱を隅をつつく議論と言ってよさそう。節約はしてほしいけど、その議員歳費削減の議論に多大なエネルギーを費やすことが、全体にとって生産的なことかというと疑問です。ちゃんと議員さんにお金を払って、社会保障でも外交防衛でも、落ち着いた議論をしてほしいもの。

 東電の社員が給与をもらい過ぎだと攻撃する人たちもいる。これも、大きな問題を起こして電気代の値上げをお願いしている会社なのだから、人件費の圧縮は当たり前の話であって、それに反論のしようはない。しかし、度を越した攻撃というか、いじめに近い発言を気持ちよさそうにネット上で発している人も少なくないんですよね。

 たとえば東電の人件費は年に4000億円ぐらいだそうで、これの2割減、3割減なんていう話になっているとかで、まあ、1000億円ぐらいの人件費圧縮になる。他方で、原発を停めたことで日本から流れ出している燃料代は年に4兆円、電力不安のGDPへの影響はマイナス1%くらいではという話で、だとするとこれも5兆円くらいの話になる。これからのエネルギー政策とか電力の安定供給とか、1年で数兆円規模になる話をしている時に1000億円にあとどれだけ積み増しできるかという議論にすごいエネルギーを割いて、現場の人たちを萎縮させてしまうのは、正直どうなんだろうかと思うんですよ。金額にして100倍くらい差がある話なのに。東電が憎かろうとなんだろうと、あるいは国有化されようと破綻処理されようと、電力供給の現場の人にはそれなりにがんばってもらわなくちゃならないわけだし。

 生活保護の不正受給に対する攻撃も同じにおいがする。生活保護の不正受給は悪い。それに反論はできない。でも、総支給額3兆7千億円とか言ってて、不正受給率はその0.4%だそう。かくれ不正受給があるとしても、「生活保護受給者が増えている」という問題の本質から見れば、不正受給の問題はせいぜい100分の1の大きさの議論なわけです。

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「国会議員の税金の無駄使いを弁護するのか?」
「東電社員の破格の待遇を擁護するのか?」
「生活保護の不正受給を看過するのか?」

 そういう風に問われれば、「いいえ」という答えしかない。しかし、私たちは完璧な世界に住んでいるわけではないし、人が集まれば不正や不都合も起きる。不正、不都合は少ない程よいには違いないけど、ゼロにはならない。どこまでを社会的コストとして認めるかは議論があると思うけど、話の本質に比べて100分の1、1000分の1の大きさの問題に拘泥し、消耗してしまうのはどうしても生産的とは思えないのです。100万円の稼ぎ方や使い方の話をしなきゃいけないときに、1万円の話でぎゃんぎゃん騒ぎ、疲れ切っちゃうような感じじゃないですか。

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 だから、子どもたちの手紙を入れたビンは、海に流してもいいと思うんです、私はね。

June 03, 2012

貧困対策には投資も重要なんだけど。




 途上国の貧困対策には国際援助より投資が必要、という主張はそのとおりだと思うのです。国際援助の価値を軽んじるわけではないし、その役割、意義は確かにあるんだけど、貧困から脱し自立するには結局商売、経済が回ることがカギで、そのためには資本がないといけない。だから投資が必要で、国内に十分な資金がない途上国では海外からの投資の誘致が重要な課題になる訳です。現に中国は30年前から、インドは20年前から、ザンビアやモザンビークも4、5年前から市場開放、規制緩和を始めて投資を誘致し、顕著な成果を上げてます。ミャンマーもこれから来そうですよね。

 ところが、アフリカの後発途上国の中には、口では「投資が必要」と言いながら、元々汚職や腐敗、政情不安で投資リスクが高いのに、さらに外資系企業を搾取するような規制を導入して、投資のインセンティブを削いでる国も見聞きします。株主の目があり、コンプライアンスもうるさい日本や欧米のマトモな企業がなかなか投資に踏み切れないのも道理なんです。また、そういう国は得てして天然資源が豊かで投資先として潜在的には魅力的なんですけど、そういう後発途上国の指導層は、海外からの投資が経済活動の資本になっていくことよりも先に、自分の懐を豊かにしてくれることを狙っているように見え、そんなところに投資はできっこないなぁと、素人の私でも思います。

 で、そこに入って来るのが中国企業。節操なく参入し、相手側とズブズブな取引をして利益を上げているように見える。まあ、ある意味中国企業は大きなリスクを取っているわけで、単純に非難されるべきことではないけれど、日本企業や欧米企業が真似できることではない。で、中国側と途上国の指導層はwin-winの良好な関係を築いていると自慢されまして、確かに彼らに取ってはwin-winでしょう。お互いにうまい汁を吸っているわけで。

 というわけで、日本はアフリカ進出で中国に遅れを取っている!と騒がれても、そもそも中国と日本のアフリカにおける立ち位置が違いすぎて、競争にさえならないです。

 しかし、理想的な投資環境が出来るのを待っていたらいつまで経っても投資に踏み切れないし、ただ出遅れちゃうだけなので、日本は日本で、相手側に真っ当な取引を迫りながら、公正で持続可能なビジネスの実践を促し続けるしかないんでしょうかね。

 どうなんでしょう、商社の方々?

March 11, 2012

経済が崩壊するっていうこと@ジンバブエ。


ジンバブエの首都、ハラレに滞在しています。

この街は、アフリカにあるたくさんの発展途上国の首都とは違う特徴がひとつあります。アフリカの多くの国が破綻国家とか「後発」発展途上国とか言われ、ジンバブエも今でこそそのカテゴリーに入れられてしまってますが、ジンバブエ、そしてハラレは、一度はそのカテゴリーを脱し、中進国だった時代がある場所なのです。

1980年の独立以降、80年代から90年代にかけては、宗主国イギリスが残した都市基盤や行政機構がほぼそのまま残され、ヨーロッパ系市民も居残り、農業、鉱業、製造業、サービス業がバランスよく栄える国でした。周辺国が干ばつ被害に遭っていても、整った灌漑設備による近代農業で穀物を輸出し、「アフリカのブレッド・バスケット(パン籠)」と呼ばれていました。首都ハラレは緑深く、中心部は碁盤の目状に道路が整備され、およそ一般的に思い浮かべる「アフリカ」とは思えない街並だったはずです。むしろ、オーストラリアやニュージーランドに近い趣だったはず。

それがやがて雲行きがおかしくなり、失政と腐敗が国を蝕み、2000年代に入って急降下、2008年〜2009年頃にかの有名な天文学的ハイパーインフレに陥って最終的に破綻しました。

私が初めてハラレに滞在したのは2009年4月。ハイパーインフレの結果、自国通貨ジンバブエ・ドルが破棄され、米ドル等を使う外貨経済に移り変わろうとする頃でした。最悪の時期は終わり、最低限の物資は再度出回り始めた頃でしたが、ショッピングモールらしき場所は閑散として廃墟のようで、市内はどこも薄汚れて荒れていました。

街灯は折れ曲がり、道路は穴だらけ、信号も切れているところが多い。商店はどこも古びて閉まっているところが多く、開いていても品数は限定的。電気の供給が不安定になり停電が多発、上水道も供給されなくなるところが増え、火事になっても消防車も来ない。街角に立ってぐるっと辺りを見回してみると、あらゆるものが何かしら破れ、折れ、錆び、剥がれ、割れ、色褪せていて、ピシッと新しいものがひとつもないという状態でした。

市内で一番、二番のホテルに行ってみると、元は立派なロビーだったと分かるものの設備の古さが目立ち、床や壁も色褪せ、あちらこちらがギシギシと軋み、頑張って清掃してもそれだけでは追いつかない老朽化が隠せない状態でした。高いビルに行ってもエレベーターが全部まともに動いているところはまずないし、やむを得ずヒィヒィ言いながら階段を上っていると、フロアごと打ち捨てられて廃墟になっている階があったりしました。

病院は建物だけはそれなりに立派でしたが、薄汚れてお世辞にも清潔とは言えず、なにより医者がいません。私はただ検査を受けに行っただけなのですが、それさえまともにできない。(こともあろうに私が提出した検便の検体を病院側が紛失したんですよ!)国外に逃避するだけの資金がある、逃避しても仕事を得られる能力がある人から国を出て行ってしまっており、医者などというのはその代表格。医療も崩壊に近い状態になりました。ヨーロッパに逃避した人も少なくなかったそうですが、内陸国で陸続きの国がいくつもあるアフリカ、そんなに裕福でなくてもジンバブエを見限って南アフリカ等の周辺国に移動した人が多く、1200万人といわれた国民のうち、一説には400万人が国を出たといいます。貧しい国にはストリートチルドレンや乞食が付きものですが、経済が動いていないので乞食さえいないという状況でした。天文学的インフレで政府はまともな予算を組むことさえできず、2010年になってやっと米ドルで予算案を作成する始末。それもとりあえず公務員に月100ドルずつ払う、という程度のお粗末なものでした。

浄水場は停電の上に必要な水処理用の化学薬品を購入できず、さらには老朽化した配管の修理もできず、きれいな水の供給が不十分になりコレラが流行しました。コレラなんて健康な大人であれば死ぬような病気じゃなく、脱水症状を防ぐブドウ糖液の点滴くらいできれば何とかなるはずなのですが、病院が機能していないので4000人以上が犠牲に。母子保健も悪化し乳幼児死亡率が上昇、もともとHIVの感染率それなりにある地域なのにARV(抗レトロウィルス薬)も入手できず、平均寿命が40歳前後に落ち込むという悲惨な状況になっていました。

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あれから約3年。

製造業や農業の再興はまだまだですが、とりあえずお金は回り始め、人が戻って来て、あの廃墟だったショッピングモールの駐車場は満車、週末には渋滞ができるほどになりました。

「自転車世界一周取材中」の「チャリダーマン」こと周藤さんがジンバブエの報告を書いておられて(「アフリカ諸国との格の違いを見せつけられたジンバブエの現状」)、今はまさにその報告のとおりなのですが、彼が「中心街にあるショッピングセンターと真新しいビル」と書いているものも実は途中で建設が止まって何年も放置されて、最近になってやっと工事がちょっとずつ再開されてなんとか見られるような姿になったもののようですし、品揃えのよい自転車屋があったという「Arundel Village Center」も、つい最近新装開店したもののはずです。

まだまだ医療はどうしようもなく、水も電気も不安定で、道路も穴ぼこだらけですが、店舗の改装や新規オープンも増え、やっと徐々になんとかなりはじめたという印象です。

(ちなみに、チャリダーマンさんとはハラレ市内でお会いして一緒に食事して、これまでの自転車旅の話など聞いたんですよ。興味深かったです。)

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結局、経済なんです。

少子高齢化、人口減社会の日本では、「もはや経済成長を追い求めず、貧しくても心豊かな生活を実現する社会にパラダイムシフトを。」とか、縮み指向な意見を聞くようになりましたが、そんなのは幻想だと思うのです。

ジンバブエほど酷いことにならないとしても、経済が傾くというのはどういうことか、その一端をハラレで見ることができます。福祉や教育は真っ先に壊れてしまう。新しいものは生まれなくなる。生活に精一杯で深い思索は減る。それで心豊かにいられるでしょうか。

金さえ回り始めれば、相当のことは片付く。「お金で買えないもの」「お金に換算できない豊かさ」があるのは分かりますが、それもまずはお金が回っているから言えることだったりする。世の中、清貧を実践できる聖人ばかりではなく、心豊かな生活には元手が必要なのです。人に優しくするにも元手がいるのです。

ジンバブエは中進国の時代があり、経済を崩壊させた時期があり、今また徐々に息を吹き返しつつある状況です。極端な事例であることには違いないですが、数学やってて関数の性質を知りたい時に「0」や「∞」を入力してみると参考になるように、ジンバブエの事例は、経済の浮沈によって自分たちの生活がどう変わるのかを示唆してくれます。

経済成長をGDPで測るのがよいのか、一人当たりGDPで測るのか、GNIなり購買力平価なりを見るのが良いのか、そんなことはよく分からないのですけれど、でもとにかくお金は回していかないといけない、そんな当たり前のことに気付くジンバブエ滞在です。

January 29, 2012

独裁で何が悪い?

大学で政治学を専攻したわけでもないし、政治史の本をよく読んでるというわけもないんですけど、日本人にしては中東やアフリカに住んだり出張したりが多くて「独裁」には縁がある方なので、それなりに考えることはあります。学術的には穴だらけの理屈なのでしょうが、体感的にはこんなふうに考えられたよ、という話をメモっておきます。

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独裁で何が悪いんでしょう?

アフリカや中東には正真正銘の独裁、独裁的な大統領、王制など、民主主義とは呼べない独裁的な統治をやっている国がたくさんあります。それで何が悪いのか。

悪くないと思うんです。ただし、統治が公正である限りは。そして国家権力が暴力的でない限りは。

プラトンだって、高い見識を持った哲人が私心を脇において国家を第一に考えて統治するような、為政者のノブレス・オブリージュに期待するような哲人政治をよしとしたんじゃなかったけ?ローマだって中国だって、善政を敷く賢帝の出た時代は幸せでした、と世界史の教科書に書いてあった気がする。

独裁者が有能で公正である限りは独裁って悪くない。そう思うのです。特にアフリカや中東みたいに、貧しかったり、国家よりも一族の繁栄の方が重要だったり、拮抗する派閥間の対立が厳しかったり、あるいはその全てがあったりすると、民主主義の実践は皮肉にも暴力や腐敗を生み、却って国を不安定化・弱体化させているように見える。

ただね、独裁を肯定するには、「統治が公正で暴力的でない限り」、「独裁者が有能で公正である限り」という留保が付く。そしてこれがどうしようもなく難しいんでしょうね。

為政者本人が優れていて清廉であっても、その権力を傘に着る大臣や官僚のすべてが公正で清廉などということはあり得ない。国家は為政者が一人で治めるには大き過ぎ、必ず統治の機構が要るんだけど、その機構はきっと利権に溺れ、縁故主義に走る。時に反対する者を暴力で潰す。

為政者が有能である、ってこの統治機構にまでその徳の威光を浸透させることができる、ということなのかもしれないけど、それはちょともう、哲人っていうか神の領域のような気がする。「絶対権力は絶対腐敗する。」という格言を持ち出すまでもなく、「よい独裁」って難しい。

そして、そこからがさらに問題。失敗した独裁者、独裁政権には、それを穏便に交代させる仕組みがないのです。武力弾圧される危険を冒してデモをやるか、出待ちして襲うか、いずれにしろ合法的に手続きに則って退陣させる方法がない。

有能で公正な独裁政権は悪くない。が、そういう独裁政権は滅多にできない。できてもやがて腐る。そして腐ってしまっても交換できない。

いろいろ問題があるし、完全無敵なシステムではないですけど、この一点で民主主義が優れているのだと思うのです。すなわち、民主主義は失敗した為政者を交代させる仕組みが内蔵されている。

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中東やアフリカを見ていると、欧米式の自由で公正な普通選挙を基本とする民主主義システムを強制するのは却って国を不安定化させ、暴力を誘発し、貧困を悪化させる側面があるようにも見える。といって、とんでもなくヤクザな独裁政権をのさばらせておくのも許しがたい。

どこまで為政者の無茶を許すのか。アジアでよく見られた開発独裁というのがそのひとつの妥協点なのか。あるいは、アフリカでしばしば見られる、族長や各勢力のドンが話し合いと妥協で方向を決め、たとえそれが非合理的な内容であってもその権威にみんなが従う「長老政治」的なものを認めることが解になり得るのか。またあるいは、中東諸国ではイスラム教を倫理の規範とすることで為政者の暴走に歯止めがかかると信じていいのか。

現に今生きている人々の日々の暮らしの安定と向上を目指すのなら、妥協点は厳格な民主主義と厳格な独裁主義の間にあるんじゃないのかなあと考えたりするのです。欧米的な民主主義は、それなりの豊かさを達成した後の導入でもいいんじゃないか、とね。

January 14, 2012

南部アフリカの物価高。

日本から見ると東南アジアの物価は一般に安くて、年金生活に入ったらクアラルンプールで悠々暮らしましょう、なんていう人もいたりするので、途上国の物価は日本より安いもんだという印象がありますが、そうでもないところがあります、という話。南部アフリカなんですけどね。


世界の生活費の高い都市ランキングでニューヨークや東京、モスクワやムンバイも差し置いて、アンゴラの首都ルアンダが一位になったというニュースとか、聞いたことありません?


高いんですよ、南部アフリカの物価は。


貧困問題が深刻で開発が遅れている南部アフリカ、物流やインフラが不十分で、物資の調達も難しければ、電気や水も安定供給されない。そんなところで健康で文化的な生活を営もうとすると、えらいお金がかかるのです。富裕〜中間層の人々や外国人が住宅を探そうとすると、単身赴任や夫婦2人用程度のところでも、ルアンダでは家賃が月4000ドルを超える水準だと聞きます。それが豪邸かというと、実は断水や雨漏りの絶えない家だったりする。なんてことないビジネスホテルが1泊400ドル、しかも料金前払いでデポジットしなくちゃいけない、とかいう話も聞きます。


日用品もみんな割高。先進国品質の物を持って来るのが大変で、途中でマージンもいっぱいかけるんでしょう、コーンフレークが一箱1000円、みたいな感じらしいです。で、必要ならばそこで買うしかない。他に行けば安い、なんてことはない。


要は貧しく厳しい環境なので、そこで先進国水準のものを調達しようとするとコストが掛かる、かつ、その供給が少ないので競争が働かない、ということで値段が高止まりしてしまう。


だったら、そこに参入して一儲けできそうな気もするんですが、参入しようにもビジネス環境が悪いし、リスクを取って参入するには市場が小さく旨味も少ない。なので、高い物価が放置される、という構造のようです。


中でもアンゴラは石油を産出するので経済が好調、ビジネス客の流入に対しマトモな住宅や物資の供給が十分追いつかないという事態になってとんでもない物価高になったらしい。


他方、南部アフリカで最も発展していて、もはや途上国とは呼べない水準に来ている南アフリカ共和国の物価が周辺国より安いというのも納得です。大手を含むたくさんの事業者がいて競争する大きな消費市場があるし、物流も通信もまともなので国際市場ともリアルタイムにつながっている。南アフリカの物価は日本よりやや安いと感じますよ。


じゃあ、南部アフリカの貧しい多くの人々はどうやって生活しているのか?


切り離されているのです。違うレイヤーで生活している。日常的に現金で買うものは、主食(トウモロコシの粉とか)、食用油、砂糖、あとはせいぜい携帯電話の通話料か、というところで、その他の消費が少ないのです。半分自給自足のような生活で、都市部とは大きく異なる生活です。同じ国の中、同じ国土の上で生活していながら、全然違う生活をしています。「格差」というよりは「断絶」という感じですよ。で、前に書いた「現実はひとつじゃない。」という状況にも陥るわけです。


アフリカ全体でGDPが年率6%成長、10億の人々が暮らすアフリカの時代は近いと言われますけど、この断絶、忘れられた人々をどう包含していくか、なかなか簡単な話じゃないと思いますよ、ほんと。

November 27, 2011

現実はひとつじゃない。

ニュースドキュメンタリーを撮影するフリーランスの人を表彰するRory Peck賞というのがありましてですね。

「The Rory Peck Trust」
http://www.rorypecktrust.org/page/1/Home

2011年の受賞者に「Zimbabwe's Forgotten Children」を撮ったJezza Neumannという人が選ばれてます。この「Zimbabwe's …」は去年の8月にBBCで放映されたようですが、(http://www.bbc.co.uk/programmes/b00r5ww9)すでにYouTubeにもいろいろアップロードされているようですし、今度BBC Worldでもダイジェストを再放送するそうです。

で、この「Zimbabwe's …」、私はほんの一部分しか見てないんですが、かなり辛い内容。ジンバブエの田舎で、お父さんは既にHIV/AIDSで亡くなっていて、お母さんもAIDSを発症してもう動けないという9歳の女の子が、妹とお母さんの面倒を看ています、という内容。たぶんその子自身もHIVポジティブ。

その子の住んでいる村の学校など周辺の様子も映るんですけど、それがもう、これが日本人が「アフリカ」と聞いて思い浮かべる景色でしょう、という典型的な貧しさ。一応学校の建物はあるんだけど、荒廃してただレンガを積んだだけって感じになってて、その中に貧しそうな子どもが集まってる。服もろくに着てない、ホコリっぽい子どもたち。そして、その学校にさえ行けない子がたくさんいます、というお話。

AIDSのお母さんの面倒を見ている(シモの世話までしている)その子ですが、Jezza Neumannさんが取材をしている期間中に、お母さんが死んでしまう。するとその子は、「もうこれで面倒を見なくてよくなったのでほっとした。」と言うんですよね。お母さんが死んだのに、9歳の女の子がこういうことを言ってしまう状況って、ほんと辛い。見てて胸が潰れます。

一方で。


このところ縁あってジンバブエの首都ハラレに滞在しているんですが、昨日、近所のショッピングモールに行ったら、カワサキの新車の大型バイクの屋外展示会をやってました。露店でソフトクリームやホットドッグも売ってて、およそアフリカとは思えない雰囲気です。このショッピングモールが特別な場所なのかと言われれば、ハラレ市内にこの手のモールは何か所でもあるし、客は白人の割合が高いとはいえ、黒人も普通にそぞろ歩いてる。そもそも、ジンバブエ国内はハラレに限らず、主要な町や観光地には、すてきなリゾート風のホテルやロッジがいくらでもある。

どちらも現実なのです。忘れ去られた子どもたちが、AIDSの親の面倒を見なきゃいけなかったり、学校にも行かず砂金掘りをしなきゃいけなかったりする現実もある。他方で、朝からお母さんに起こされて朝食を食べたら車で広い芝生の校庭がある学校に送ってもらって、学校帰りにはファーストフードでピザを買って帰る、そんな生活も一般的。

その差に愕然とします。
この20年くらいで日本でも格差が格差がとうるさくなってきましたが、アフリカのこの格差に比べたら、ちょっともう、恥ずかしくて話題に持ち出せないくらいです。


ちなみに、ジンバブエはメディアの取材活動が極めて難しい国のひとつです。そもそも政府はほとんど取材許可を出さないらしく、中央情報局や警察の監視の目も厳しいし、取材活動を犯罪として取り締まることのできる法律もあります。それどころか、なんでもないところでも街中で写真を撮ったりビデオを撮ったりしただけで、すぐにトラブルになります。プライバシー保護法みたいなのもあって、警察や中央情報局とは関係なくても、街でぶらぶらしている若者から難癖つけられたりしますしね。私がハラレに滞在していてもハラレ市内の写真をほとんど持っていないのは、街中でカメラを構えることのリスクが高すぎるからでもあるんです。そんなややこしい国なので、「Zimbabwe's …」の撮影もほとんど隠し撮りらしいです。Jezza Neumannさんはインタビューで、一応なんとか撮影許可は取ったけど12回も職務質問を受けたと言ってました。

しかし、ジンバブエ政府当局(ムガベ大統領与党)が外国メディアの取材を厳しく規制する動機も、その立場になって考えれば理解はできます。カダフィや金日成が盟友だというムガベ大統領の与党は欧米とは敵対していて、欧米のメディアは「ジンバブエはこんなにヒドい。」という映像を撮りたがる。そんな状況で自由に取材させれば、「Zimbabwe's …」みたいな番組ばかりが作られることになる。そしたら、ジンバブエに対する風当たりがますます強くなる。だから「西側メディアは偏向した報道をするので、正しい情報を伝えるため、政府が管理する必要がある。」などと言いだす。無論、むやみやたらな取材規制は是認できないし、テレビやラジオが全部国営っていうのが健全なはずはないのですが。

要は、現実は複数あるのです。


家もなく今日食べるものの算段もないままAIDSの母親の世話を焼く女の子や、学校にも行かず砂金掘りをしなきゃいけない少年がいるのも現実で、カワサキの大型バイクが売れたり、生活習慣病が社会問題になったりしているのも現実。アフリカの小国(ジンバブエは実はそんなに小国ではありませんが)だからといって、一色で塗り込められているわけでないのです。しかし、如何せん日本からは遠くて情報も少ないので、パターン化したイメージに陥りやすい。Jezza Neumannさんの「Zimbabwe's …」のような作品で、見逃されがちなアフリカの問題を世に問うていくことは大切なことですが、それがアフリカのすべてではないことも覚えておきたいと思うのです。

*   *   *

しかし、このところハラレ市内でやたらに道路脇を掘り返しているのはインターネット用の光ファイバーを埋設しているらしい。聞けば、ハラレだけじゃなくて、国内主要都市から国外まで繋ぐそうな。政府がメディアを規制しても、インターネットがもっと安く、速く、安定して使えるようになったら、事情は変わる気がします。携帯電話も今はテキストメッセージと音声通話がほとんどですが、徐々にデータ通信も普及し始めているみたいだしね。


July 31, 2011

植民地主義の清算。

現実はもっと複雑でこのブログで書き切れるものでもなく、マジメに書いたら論文か本にしなきゃいけないような内容なんですけど、手短に要点だけメモっておこうと思います。アフリカに住む白人の話。特に南部アフリカの話です。

*   *   *

南部アフリカに住む白人の住民が言う。「先祖代々、300年もこの地に住んでいるのだから、白人の現地人として認められてしかるべきだ。」一方の黒人住民はこう言う。「300年住んでいるといっても、植民地主義者の末裔には変わりない。我らの土地から搾取したものを返せ。」

そして平行線のまま議論が続く。

白人がアフリカ大陸に進出し始めたのは15世紀。当初は所有権のはっきりしない土地に入植し、開拓していったのだと思います。そしてやがて農業や鉱業の果実を得ることになりました。労働力として黒人を安く使い、富を蓄えていったのです。黒人側からすれば、搾取されたとも見えるでしょう。

他方、白人の側からすれば、なんら活用もされてない荒れ地に綿々と投資を続け、勤勉に働き続けた成果だと主張したいでしょう。また、白人が入植したおかげで教育や衛生が持ち込まれ、黒人の死亡率が劇的に低下し黒人の人口爆発がおきたのも事実であれば、それまで新石器時代と大差ない生活をしていた黒人に豊かさのお裾分けがあったのも事実です。

極々単純に考えれば、この黒人と白人の係争を処理する方法として2つのパターンが考えられます。

ひとつは、白人側が黒人側に土地を返す方法。ただし、入植した白人に対して、彼らが投資した物資や労働力に対する補償が支払われる必要はあるでしょう。そしてもうひとつはその逆で、白人側が土地所有を続けることを認めるかわりに、白人側が黒人側に土地使用、現地資源の利用の対価を支払うやり方。原理的にはこの2つが解決策としてありうると考えられます。

ところが、現実はそうは簡単にいきません。まず、白人側にも黒人側にも合意に達した場合に支払うべき補償や対価を融通できるだけの資力がない場合が多いです。「そうは言っても払えない」ということですよ。あるいは、金の問題だけでなく人材の問題もある。たとえば白人が黒人にその事業を譲るとして、黒人にそのノウハウがあるのか。ノウハウのある人はどこにいるのか。仮にいるとして、どうやって事業を引き継ぐ黒人を選ぶのか。そこには利権が生じ、腐敗の入り込む隙がいくらでもあります。

また、植民地主義の精算とはいえ、すでに21世紀のグローバル経済の時代です。ただでさえ貧窮している国が多いアフリカにおいて、白人と黒人の間のうかつな取引によって動いている経済を阻害してしまっては問題です。現に生きている経済を一度止めてから清算する、なんてことはできないのです。経済に悪影響を与えないようにしないと、結局みんなで貧しくなってしまう危険がある。

また、個別にみれば千差万別な事情があります。たとえば、最初にアフリカに入植した白人は土地を勝手に収奪したのかもしれませんが、その後に土地の売買契約や賃貸借契約を結んで入植した人たちは善意の第三者であって、彼らに植民地政策の清算の負担を強いるのはおかしい、という見方もできます。

1980年、南部アフリカのジンバブエ共和国の独立に際しては、宗主国イギリスとの間で長い協議が行われ、原則的にはジンバブエ(当時の南ローデシア)に住む白人イギリス人が黒人にその土地を渡す場合にはイギリス本国が白人農場主に補償を行うという合意が交わされています。植民地政策を推進した政府が責任を取る、ということでしょう。

ところが、経済政策に暗いジンバブエの黒人政権は、ムガベ大統領につらなる元軍人や青年たちの歓心を得るため、こともあろうか事実上彼らに白人所有の農場を自由に強奪すること容認し、黒人たちが白人農場主の家を焼き討ちするところにまで至ってしまいました。もちろん、農地を強奪したところで彼らに農場経営のノウハウや資力がある訳もでなく、機材や残されていた収穫物をぶんどった後は放置された農地も多くて、それまでは農場や関連産業での仕事があった黒人たちまで仕事を失い、経済破綻へと一直線に進んでしまったのです。もちろんイギリスはそんな無茶苦茶な「土地改革」に補償を支払うはずもありません。結局、混乱の中で巨富をかすめ取ったごく一部の特権階級を除いては、みんな貧しくなってしまったというのが今のジンバブエです。

ジンバブエよりもはるかに経済規模の大きい南アフリカはこのジンバブエのバカさ加減を反面教師としているのでしょう。また、南アフリカは、多国籍企業も進出していれば、植民地主義者に抑圧されたという意味では黒人と大差ないインド系の住民や企業も多いはずです。植民地主義を清算する、といったって、だれが「植民者」でだれが「現地人」なのか、ということさえ定義が難しい状況でしょう。それでも、やはり経済活動への黒人の進出は支援すべきというコンセンサスはあり、黒人の経済的権利拡大政策(Black Economic Empowerment: BEE)が進められています。

他方、ジンバブエは農業を食い尽くしてしまったので、今度は製造業や鉱業をターゲットにして外資系企業に所有権の51%を黒人に譲渡することを義務付ける法律、いわゆる「現地化法」を制定してしまいました。白人農場主の土地収奪で甘い汁を吸った政治家、特権階級の人たちが、「夢をもう一度」とばかりに画策している面もあるのですが、さすがにこの無謀な政策に反対する勢力もあり、本格施行がずるずる延びているところです。

*   *   *

アフリカとヨーロッパの長い歴史的関わりの中でおきた植民地支配。南部アフリカにおけるヨーロッパ系住民の生活を見ていると、植民地支配は歴史の教科書の中の出来事として終わった事ではないことを実感しますよ。現代の南部アフリカは当然ながら歴史の延長線上あって、今日の経済政策も歴史の経緯を踏まえた上で立案していく必要があり、植民地支配は今もその残滓で頭を悩ませる要因になっているんですよね。

(この記事は主に南部アフリカ、東アフリカを念頭に書いています。西アフリカになると、植民地時代からの白人住民が非常に少ない上、奴隷貿易の話が避けて通れないことになって、様相が違ってきます。また、北アフリカはアラブ世界、地中海文化圏になってきますよね。)

May 02, 2011

やっぱり一票の格差の問題に行き着く。


波照間島に行ったんですけどね。お天気にも恵まれて、日本最南端の有人島を満喫してきました。白い砂浜、そこから続く輝くような青い海。その先は足が着く深さのところからすでにもう珊瑚礁。ゆるーい空気が、使い古された言葉だけど「癒し」になります。

というような波照間島観光の見所は他にも紹介されているサイトがたくさんあると思うのでそちらに譲るとして、私が気になったのは、やはり離島の暮らしは公共事業に頼らざるを得ないという現実を見たこと、なんですよね。

その畑から上がる収益ではきっと回収できない費用がかかる圃場整備や利水事業。観光客を乗せた車が日に何台か通るためだけなのにきっちり舗装された道路。新しいところでは地デジ対策。

公共事業による利益誘導だの、公共事業に頼る過疎地の経済だのっていう話は自民党政権時代、それも小泉政権時代よりもっと前に盛んだった議論でいまやもう過去の政策課題のように見られているんでしょうが、とにもかくにも公共事業がないと島の経済は成り立たないんだろうなーっていうのは、ほんの短い島への滞在でも感じられましたよ。

日本経済が停滞期に入ってはや20年。「俺らの生活をどうしてくれるんだ?」という声が地方からだけでなく都市部でも噴出するようになり、コストをかけて村の暮らしを維持する余力を失いつつある中、今後はどうしていくんだろう?って、背筋に寒いものを感じたのは事実。

いや、波照間島はそれでもまだよいのです。すばらしい観光資源があるし、移住したいと思わせるだけの魅力もある。現に、島に居着いている本土の人にもお目にかかったし。なんとかなると思う。

しかし、どんどん増えているという「限界集落」って今後どうするんだろう。波照間のような際立った特色もなく、高齢者ばかりになった集落が万単位であるらしいけど、そのすべてで生活基盤を維持させるためのコストは負担できないよ、この経済停滞期に。

「住み慣れた土地を離れたくない」という主張は心情的には分かる。でも、希望を全部は聞いていられないのも確か。どこかで妥協が必要で、その妥協点を見出すのが政治の仕事なんでしょうけどねぇ。

*   *   *

・・・そう考えると、私の疑問は一票の格差の問題に行き着く。今の制度では、往々にして限界集落の人たちの意見がより多く聞き入れられることになってます。衆院で2倍、参院で5倍の一票の格差ってそういうこと。限界集落の今後を議論するのに、「政府が責任をもって維持するべきだ」という人が多いと思われる勢力の意見を2倍、5倍の大きさで聞くってことだよね。それはフェアじゃないよね。

代表が集まって議論をしようと言うのに、代表の選び方がフェアじゃないんじゃぁ、仕方がない。

ということで、えらい話が飛んでしまいましたが、まず一票の格差是正が重要だと思う次第なのです。

February 26, 2011

地方分権、地域連合、連邦国家。

究極的に国家がやるべきことは、通貨、外交、国防の3つで、残りは地方政府がやればよい、ということらしいです。要はこの3つが、国家主権そのもの、これらを地方に移管したら地方はもはや地方ではなくて国家になっちゃうから、国がやるべき、というのはそのとおりなのでしょう。

しかしもうひとつ、国か地方かという議論には、規模の問題も無視できないように思うのです。適当な規模の人口というのがあるんじゃないかと思うんですよ。

ヨーロッパはEUという枠組みを作って、通貨はかなりの加盟国がユーロの採用で統一し、外交、国防も協同的に行うよう進んできてます。昨年でしたか、「EU大統領」「EU外務大臣」に相当するポストも正式に創設されましたよね。さらに、ユーロ採用のために必要な国家財政の基準を定めたり、各種の規制も統一したりしていて、産業政策のような、通貨、外交、国防以外の分野でも一部で統一されることになっています。通商関係の紛争処理について共同の裁判機構もあって、司法機能も一部が統一されているように見えます。

これって、結局のところは、EUという規模で行う方がそれぞれの国別で行うよりも効率的だから、ということなんだろうと思いますが、要は国家の主権の一部を国家よりも上部の機構で共有する構造を作っているんだと看做せますよね。

一方で、インド、ロシア、アメリカなどは、州、自治区といった地方政府の自治権の範囲が広い。州がほとんど国のような機能を持ってる。これらの国々は国土が広くて人口も多いし、それぞれの地方には特有の事情もあることだし、住民の日々の生活に密接に関わる行政の仕事は地方政府がやったほうが効率的だろうと判断されているんだと思います。

ヨーロッパは国を積み上げてEUという地域連合を作り、アメリカは国を州に分割している。EUにおいては加盟国が「州」に近い存在になり、アメリカにおいては「州」が国に近い存在になっている。

たぶん、その辺りに「適当な規模の人口」のヒントがありそうです。

通貨、産業規制、国防、広域インフラというのはきっと、「適当な規模の人口」が大きい。逆に、公共サービス、福祉、教育なんていうのは、「適当な規模の人口」がそんなに大きくない。で、電力、利水、通商政策、司法なんかはその中間だったり、内容によって人口規模が大きい方がよかったり、そうでもなかったりするような気がします。

要は、地域連合—国—州—基礎的自治体というスペクトラムの中に、「公」が行うべきこと(通貨、外交、国防、インフラ整備、公共サービス、司法、・・・)をどう当てはめるのかというのが、地方分権の問題であり、地域統合の問題なんでしょう。

*   *   *

一言、アフリカについて。

10億の人口に54の国。アフリカ連合(AU)を筆頭に、西アフリカのECOWAS、南アフリカのSADCなど、一応形式的に地域連合は存在するんだけど、ろくに機能していない。国家主権にばかりこだわっていたり国内に内紛を抱えていたりで地域連合の協議なんかできそうもない国や、「あんな国と連携してもろくなことない」と誰もが思う問題国家ばかりですからね。

開発がなかなかすっきりと離陸しないの理由の一部は、ひとつひとつの国が小さくて非効率なのに、地域連合や連携協議を通じて効率的なガバナンスを追求することができない、ということにも求められるかもしれません。まあ、それも植民地支配の残滓と言われれば、そうかもしれませんが。

February 12, 2011

エジプト雑感。

エジプトの「革命」とイラン革命、そして日本の建国記念日はどれも2月11日ということになりました。覚えやすそうですね。

こないだ「アラブ世界での開発独裁の終わり」というエントリを書いたところですが、ついにムバラク大統領が辞任。時代の流れを変えるこれだけの大事件だし、エジプトは出張で昔ちょっと行っただけでアラブ専門家でもなんでもない私がなにかエラそうなことを言えるわけではないにしても、気付いたことは書いておこうと思います。

*   *   *

1.
「群衆」というものは、ひとりひとりの人間を足し上げたものとは違う、ひとつの生命体のように動くらしいです。「群衆」というのは、なんらかの目的をもって集まった大勢の人間のことで、新宿や渋谷の人混みは、あれは「人混み」であって「群衆」ではないと区別できると思うのですが、ひとたび何らかの目的が与えられれば「群衆」になりうるだけの人間の数だけはいる、という状態です。

(ちなみに、英語では「mob」と「crowd」という単語で区別されるんですけど、mobには暴徒というニュアンスがあるよね。)

他方、カイロのタハリール広場に集まった人々は「群衆」。目的は現政権の退陣、象徴的存在であるムバラクの辞任。分かりやすい目的を持った「群衆」です。

そして、「群衆」を鎮めるための対処方法は2つ。ひとつは、徹底的に力で潰すこと。もうひとつは「目的」を達成させること。

エジプトはこれまで、「群衆」になりそうな芽は徹底的に摘み、「群衆」化した集団は力で潰すという方法を採用してきたんですけど、今回の「革命」は潰すに潰せない規模とエネルギーを持っていた。エジプトにおいては(というか、諸外国ではよくある様態ですが)、軍が政権から一定程度独立した権威を持っていて、その軍が「群衆」を潰すという役割を否定したんですよね。積極的にムバラク政権を追い落としはしないけど、「群衆」を抑える役割も断った。思えばこの時点で、政権の命運は尽きていたのかもしれません。

となると、ムバラク大統領側にとっては、時間を稼いで「群衆」という生命体が弱るのを待つしかなかったんだと思いますが、今回生まれた「群衆」の生命力は時間が経てば弱るというほど生易しくはなかったし、力で潰す、という選択肢が塞がれた以上は、もはや遅かれ早かれ「目的」を達成させるしか「群衆」を鎮める方法はなくなっていたんですよね。

ムバラク大統領が即時退任するまでこの騒ぎは収まらない、というのはみんな気付いていたでしょう?

2.
アラブ、中東世界の大国・エジプトの政権がこういう形で崩壊した、というのは東西冷戦構造の崩壊と同じくらいインパクトのある出来事だと思うんですけどね。アメリカはこれまで、片方で民主主義の伝道師を自ら任じその布教を進める一方で、アメリカにとって都合のよい政権はたとえそれが民主主義の観点から胡散臭くてもたっぷり資金を与えて支援してきた(で、痛い目に遭ってきた)。

今回、このアメリカ外交の本音/建前の構造の象徴的な崩壊だと思うんですよ。イラクやアフガニスタンで既にアメリカは痛い目に遭っていたわけですけど、ついに、アメリカにとってそれこそ中核的利益であるイスラエルの存在と密接に関係するところで、その二枚舌外交が使えなくなった。

新しい秩序ができて落ち着くまでしばらくはゴタゴタすると思う。ムバラクがいなくなったからとって、急にエジプト市民の生活がよくなるわけでもないし、革命後のユーフォリアが冷めた後にはまた一悶着ある可能性も高いと思う。中東/イスラエル問題の再定義も必要になるし、しばらくは不安定化する可能性もあるでしょう。まあでも、国際政治のいびつな構造のひとつが整理されてまっすぐになった、っていう気もするし、基本的には今回のエジプトの事件は喜ばしいことだと思うんですよね。

3.
twitterで流れていて知ったんですけど、こんだけの出来事なのに、日本のテレビ局はエジプト情勢を中継したところがなかったんですって? もう日本のテレビに期待もしない、と思っていたけど、それにしてもひどいなと。ホントにどこも中継してなかったの?

日本は鎖国してるわけじゃなくて、むしろグローバル経済に一番どっぷり浸かって、その中に生きている国ですよ。たしかにエジプトは遠いかもしれないけど、自国の生存環境である国際社会、グローバル経済の重要な変化が今起きているというのに、それに関心を余り示さなかったって・・・。

北海道の記者さんがtwitterでつぶやいてたんんですけど、「こっちは日本に住んでるんだ。エジプトのことばっかり伝えるな。」という苦情が入ったそう。

大丈夫か、日本。
海外に住んでると、なおのこと日本の内向き加減、危機感のなさ、戦略の欠如が心配になるんですけど。

January 28, 2011

アラブ世界での開発独裁の終わり。

チュニジアのジャスミン革命がアルジェリア、イエメン、エジプトと広がりを見せていることについては、BBCとネットのニュースをざっと見て回っただけで詳しい状況は分からないし、たぶんその道に詳しい人がいろいろと解説してくれているんだと思うんですけど、私も気付いたことをちょっと書いておこうかと。

*   *   *

気付いたんですけどね、これらの国での市民のデモでの主張は「経済改革」「汚職撲滅」「自由・権利の拡大」とかで、宗教がらみの主張が含まれていないんですよ。イスラムへの回帰とか、世俗国家の追求、なんていう主張をしていないみたいなんです。より民主的な社会、よりフェアな社会を求めるデモなんですよね。

貧しく、国内に様々な対立勢力を抱え、国民の教育水準もあまり高くない国では、いわゆる開発独裁の強権的な政権が必要悪のように存在することが多いです。民主的選挙だの言論の自由だのというような贅沢に付き合っていたら収拾がつかないので、とりあえず、社会の少々の軋みは力で黙らせて、社会開発事業を推進する。東南アジアはそうやって急速に成長してきた国ばかりです。そして、アラブ世界も国王や国王のような大統領がいる国ばかりなんですよね。

しかし、社会が一定の開発段階まで至って、国民の教育水準、民度が高くなり、衣食も足りてくると、より民主的な体制を求めるようになる。特権を享受し一般市民とは比較にならない富を蓄えた支配階層を排除し、正統な自分たちの代表に国を率いてほしいと考えるようになる。そのとき開発独裁を敷いてきたアジアの為政者達は、ある者は市民革命に破れ、ある者はクーデターに倒れ、またある者は後継者に禅譲して引退し、あるいは自ら民主化を進めて次の時代を開いてその治世を終えた。マルコス、マハティール、スカルノ、蒋経国、リー・クアンユー、そんな名前が思い出されます。

それで今回のジャスミン革命に続くアラブ世界の動乱なんですけど、いずれも強権的な長期政権が続いていました。為政者たちがどのくらい真剣に社会開発に取り組んだのかはよく分からないですけど、それでもその統治下で曲がりなりにも経済成長は続いており、市民の多くは食うや食わずの生活からは抜け出していた。宗教的なスローガンが見当たらず、フェアな社会を求める主張をするデモを見ていると、世俗アラブ世界も民主主義という贅沢を求める水準に達していたのではないか、そんな気がします。東南アジアが2、30年前に経験した開発独裁時代の終わりを、今頃迎えているのではないかと。

まだ結論を出すのは尚早ですけど、そういう見方もできるように思っています。

*   *   *

追記:

開発独裁の終わり、という解釈ではアジアと似ている面があるけれど、大きく異なることは、アラブ世界は域内にイスラエル・パレスチナ問題を抱えていること。これは大きい。

ヨルダンとエジプトはイスラエルとの和平協定を締結しており、アラブでありながら親米の姿勢を維持する政権が続いてきたんですけど、今回の市民蜂起ではこの体制が崩れる可能性が出てきています。政権の素性はともかく、ヨルダン、エジプトが中東の緩衝地帯としての機能を持ってきたことは確かで、だからこそアメリカもこの二カ国を援助でジャブジャブにしてでも支えてきたわけです。(ちょっと古い情報になりますが、直接・間接を合わせると、ヨルダンの国家予算の4分の1はアメリカが支えていますし、ヨルダンの人々の主食である小麦の半分は日本の支援に頼っています。)

市民の民度と生活水準が充実してきて、独裁的な政権を排除すべきと目覚めたというのは民主主義の観点からは結構ですけど、その結果がイスラエルとの対立の激化を招き、地域のさらなる不安定化という事態を招いてしまう可能性が高いことは、アジアの前例とは目立って異なる。もはや止めることはできないところまで来てしまった感の中東の市民蜂起、この後の展開は、中東の政治風景を一変させ、アメリカに世界戦略の見直し迫り、世界の政治経済、パワーバランスを一変させる可能性を帯びてきましたねぇ。

December 30, 2010

象牙海岸から見る、民族と国家。

11月に行われた象牙海岸(Ivory Coast)の大統領選挙の結果が混乱して、まだ収束してません。選挙は現職大統領のバグボ(Gbagbo、グバグボとも。日本語での表記は確定していない)候補と、元首相のワタラ(Ouattara)候補の間で戦われたんだけど、同国南部を支持基盤とするバグボ候補(=選挙時点での現職大統領)は北部地域(ワタラ候補の支持基盤)の投票には不正があったので無効であるとしてその部分を除いた選挙結果を元に勝利宣言。ワタラ候補側は、全土の選挙結果を見れば当然ワタラ候補の得票数が多いとしてこちらも勝利宣言。どちらも引かない状況となってます。

国際選挙監視団、アフリカ連合、国連、欧州連合等は、選挙に際し若干の暴力は見られたものの、ワタラ候補側が勝利したと認めて、ワタラ候補側が任命した大使を正式な大使として認める、といった対応を取ってます。でも、バグボ候補側が引く気配がなく、二人の大統領が存在したまま内戦の恐れも出て来ています。象牙海岸に基地を持つフランス軍は、同国に滞在するフランス人に対し、「予防的措置」として国外待避を要請しているとの情報もあるようです。

象牙海岸は元々北部と南部で民族的、宗教的な差があります。それに加え、隣国で世界でも最貧国の部類に入るマリやブルキナファソの人々が、カカオの産地であり相対的に豊かな象牙海岸の北部に流入していて、南部の象牙海岸人が「北部の人間は純粋な象牙海岸人ではない。」と主張する要因となっています。(ちなみに、ワタラ候補自身も両親がブルキナファソから象牙海岸に移住しており、かつイスラム教徒。)

バグボ「大統領」は、南部の象牙海岸のアイデンティティを強調し、メディアを統制して「南部人こそ象牙海岸人、北部人はよそ者」という民族主義的な主張を広め、ポピュリズム的手法で南部象牙海岸人の支持を得ているといいます。

*   *   *

国内に異なる民族集団がいるという状況は日本人には想像が難しいものがありますよね。日本は民族、言語、国土の領域が一致する国ですが(って言うと、アイヌや在日朝鮮人の話を持ち出して批判される向きもありそうですが、で、確かに無視できない論点ではあると思いますが、他国と比較して大枠で見れば「ほぼ」民族、言語、国土が一致しているとして、今は話をしても構わないでしょう)、世界的に見れば、そういう民族、言語、国土が一致するという国の方が少ないというのが現実です。アメリカなど新大陸の国々は言うに及ばず、中国、ロシア、インドなどの大国、中東欧の国々にも多民族、複数民族の国家が多数です。ドイツ、フランス、イタリアなどは比較的、民族、言語、国土が一致しているようですけど、イギリスは「連合王国」って言ってるくらいで、よくみれば「連合王国人」よりもスコットランド人やアイルランド人としてのアイデンティティが強い人々が多そうです。

そういう国内に複数の民族を抱える国を国として運営して行くには、国民統合の施策が必要になります。日本にいる人に「あなたは何人ですか?」と聞けば、自民党の人でも共産党の人でも「日本人です」と答えることに何の疑問もないでしょうけど、世界にはそうでない国が多いのです。「クルド人でトルコ人」、「キクユ族でケニア人」、「パレスチナ人でヨルダン人」、などなど、国籍を有する国と、民族的アイデンティティが必ずしも一致しない場合が少なくない(「族」という表現は差別的だと批判する人もいるようですが、慣用的に使われてきた表現で特に差別的含意を持って使っているわけでもないので、そのままにしておきます)。そのため、世界の国々には国民意識を根付かせる仕掛けが必要になっています。「日本人が日本人であると自覚するための仕掛け」といっても、民族、国土、言語が一致していることを目の前にすればあまりに当たり前過ぎでピンとこないですけど、まあ強いて言えばそれは日本書紀や古事記に始まる建国の神話であったり、天皇家の存在あったりするわけです。それがたとえばアメリカであれば建国の精神とその権化である合衆国憲法、そして星条旗と大統領が「アメリカ人であること」の拠り所です(「英語」はアメリカ人であるところの要件かというのは、ヒスパニック系住民の増加という現実を見ると、これはまたこれだけでひとつの議論ができそうです)。また、たとえばタイ。純粋なタイ族っていうは実はそんなに多くなくて、中華系のルーツを持つ人も少なくないんだけど、1930年代に「タイ人化教育」をかなり徹底的にやってる。学校での中国語教育の禁止とかまでやってますよ。それに王室という象徴を戴くことによって、「タイ人」が「タイ人」として自覚することを当たり前とする国を作り出してます。

インドネシア、ジャカルタの中心にある独立記念公園に行くと、立派な記念塔を備えたモニュメントに独立記念博物館があります。あれこそは、「インドネシア人」としての国民意識を育む教育の象徴じゃないでしょうか。そもそもインドネシアという国のあるところは、古くはシュリーヴィジャヤなんかがあってスルタンや地域の伝統的指導者がそれぞれの島や圏域を支配していた地域だけれども、最終的にはオランダ支配の領域が「国」として独立したものであって、そこに住んでいる人々に「インドネシア人」という自覚なんてなかったわけです。だいたい、「インドネシア」という呼称自体がヨーロッパ人目線の言葉ですしね。だから、「国」として独立しても、放っておけば遠心力でバラバラになってしまうのも必定、っていう感じの国なわけです。現に東ティモールは分離しましたし。インドネシア人に自らをインドネシア人と自覚させるためにはそれなりの仕掛けが必要であり、それは建国神話であり、独立の英雄であるわけで、その象徴があの独立記念公園ですよ。「あなたがたの祖国はインドネシアである。」、そう自然に感じられるだけの物語が必要だったのです。この「インドネシア人」の国民教育を進めたという意味でも、スカルノはインドネシア「建国の父」と呼べるでしょう。

タンガニーカの大統領であり、その後ザンジバルと合併してタンザニアの初代大統領となったニエレレ(Nyerere、ニェレレ、ナイレレとの表記もあり)もまた、「タンザニア」の国民教育を進めた人物でした。自身はザナキ族の出身であったものの、民族間和平、タンガニーカとしての独立を主張し、今の「タンザニア」という国の形を決めたと言えると思います。

これと対照的なのがケニア。初代ケニヤッタ大統領は独立以来、西側寄り資本主義体制を堅持してケニアに経済発展をもたらしたんですけど、「ケニア」という国というよりは同国で多数派のキクユ族にその支持基盤を置き、なにかにつけキクユ族を優遇しました。ケニヤッタ大統領の死去に伴い就任したモイ大統領、そして政権交代よって大統領の座を得たキバキ大統領も政権ではキクユ族を重用しています。現在でも、ケニアの人々に自身のアイデンティティについて尋ねると、「ケニア人」と答える人は半数しかいないという報告もありました。多くの人が「ケニア人」である前に、「キクユ族」「ルオ族」という部族をアイデンティティとして自覚しているということです。ケニアでは2007年年末に行われた大統領選挙後の混乱、暴力沙汰が記憶に新しいところですが、これはキクユ族(キバキ大統領)対ルオ族他その他部族(オディンガ候補)という側面が強く、これまでは好調な経済によって覆い隠されていたものの、実はケニアという国家の統合があまり進んでいないことを露呈したように思います。

*   *   *

話を戻して象牙海岸の話。「象牙海岸」という国家ではなく、南部の支持層だけを基盤として北部を異端視するバグボ大統領の政権下で国民統合が進んだとも思えず、どういう展開になるのか気になります。国際社会はバグボ大統領の退陣を求めていますけど、これ以上の流血の事態を避けるためには、ケニアやジンバブエで行われたように、両陣営に政権入りさせて連立政権を組ませるというオプションも模索されるでしょう。

ニエレレやスカルノの例を挙げて、国民統合の推進を紹介してみましたけど、別に無理矢理「○○人である」と認識させるよう洗脳を進めるのが望ましいと言ってるわけではなくて、民族ごとの自治権の拡大と中央政府の役割のバランスを取ることで国家、国民の統合を進める、連邦制的な方向だってあるわけです。あるいはスーダンのように、選挙によって国を分割するかどうか決める、という選択をしたところもあります(2011年1月にこの件を問う住民投票が行われます)。

今日明日に片付く話ではないですけど、民族と国家の関係を考えると、象牙海岸でどういう統治が模索されていくのかとても興味深いものがあります。

November 12, 2010

18世紀以来の外交の変革期、かも?

もう議論も出尽くした感がありますね、尖閣諸島沖の海上保安庁巡視艇と中国漁船の衝突の様子を収めた動画がYouTubeで流出した件。

で、それに関して、なんら目新しい答えや意見を出せるわけではないんですけど、ただ、今回の海上保安庁の動画流出の騒ぎを見ていて、政治や外交の世界も、ネットの世紀になって新しい時代に入りつつあるのだなぁと感じたりなんかしてるので、ちょっとだけその感想を書き残しておこうかと。

外交ってさ、古くは国王とか皇帝とかの専権事項で、要は王様が使節を送って外国と物事の調整をする作業だったわけでしょう。成功も失敗も最終的には王様自身の威信の問題で、王様の責任だったんですよね。そこで民が意識されることは少なくて、国家を体現する王様とその取り巻きや貴族達だけが情報を独占してた。民は戦に駆り出されるばかり、って時代だったはず。

ところが、18世紀頃から今風の議会政治が成立する国が出て来て、民主制、議会制民主主義の国が出て来た。外交は政治を通じて間接的に民の信託を受けた外交の専門家が行うようになった。で、この時代から新聞というメディアも発達してきて、主権者たる国民も、曲がりなりにも情報に接することができるようになってきて、「情報を持った民がいて、少なくとも建前上は最終的には彼らが決める」という新しい環境を前提とした、現代にまで続く外交の手法が構築されていったんですよね。もちろん紆余曲折があり、様々な問題や失敗も経験してるんですけど、外交の秘密保持と情報公開のバランスとか、政府と外交官と新聞の関係のあり方とか、民主外交に必要なノウハウや経験が積み上げられていったわけです。

そしてラジオ・テレビの時代がきた。新聞より速報性があり、民に対する訴求性も高いメディアなので、またそこでも外交の新しい方法論が積み上げられていったんでしょう。が、しかし、それは新聞というメディアとの付き合い方の延長線上にあったように思います。新聞より速い、新聞より情報量が多い、という違いはあれど、情報の流れ方には基本的に違いはない。そう、「マスメディア」であることには変わりない。

ところが、ネットの時代は本質的に新しい。政府と外交官とマスメディアの3者の間で培われた枠組みの外側に、まったく新しい情報のルートができつつあるんだと思うんです。だれしもが新聞やテレビの力を借りずに情報を拡散する力を得て、この3者のコントロールの及ばないところで情報が大々的に流れるようになってますよね。Wikileaksも、公安情報の流出も、海上保安庁の動画流出も、今までとは全く違う情報の流れを作っている。従来型のマスメディアの枠外の話になってる。

確かにすごいことになってきたんじゃないですかね? 封建時代の外交から近代外交に移り変わった18世紀以来の大きな地殻変動のような気がしているんです。「外交と情報」という視点から見ると、18世紀初頭以来の、2、300年ぶりの新局面じゃないかと。国民主権と言いながら、選挙の時以外は観客に過ぎなかった市民が、ネットというプラットフォームの上にソーシャルメディアという情報空間を得て、政治と外交とマスメディアという既存3者が300年安住してきた心地良い空間を激しく揺さぶっている。そんな感じがするんですよね。

だったら、この新しいセットアップのもとでの外交はどうあるべきなのか。情報のコントロールはどうあるべきで、どういう風な政治が求められて、市民にはどんな教養が必要とされるのか。私には今のところはなんの回答もないんですが、ただとにかく、私たちは新しい地平に立っているんじゃないかなー、すごいことになってきたなー、というのは実感するんですよね。

October 30, 2010

空港のセキュリティチェックの目的は?

British Airways のCEOが公式の場で、空港での飛行機搭乗前のセキュリティチェックは意味がないのが多い(redundant)じゃないか、と発言したら、BAA(イギリスやイタリアの空港を運営する会社)の社長も「そうだそうだ」と同意したという話。少なくとも、

・靴を脱がせる
・パソコンを鞄から取り出させる
・液体の客室持ち込みを禁止する

というのは、余計だと言ってます。そんなことしなくても危険は十分に検出できるんですと。さらには、「これらの検査はアメリカに押し付けられてやってるのに、アメリカの国内線ではやってないところもある。」とも言ってます。で、液体の件については2013年には機内持ち込み禁止を撤廃する技術的準備が整う、とも。

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思えば、空港のセキュリティ検査が厳しくなったのはアメリカがブッシュ政権だった頃、9.11の後に以前にも増して厳しくなっていきました。

当時、ブッシュ政権はしきりに国民に、世界中に、危機だ危険だ脅威だと訴えまくってました。入国審査で写真を撮ったり指紋を採ったりしないと危ない、街中に監視カメラをつけないと危ない、危険人物はグアンタナモに隔離しておかないと危ない・・・。

実際、9.11が起きてしまってたわけで、危ないと言われれば否定できないし、説得力もある。

・・・でもこれって、統治する側からするととても便利な手法なんですよね。都合の悪いモノ、コトに対して、強制捜査とか諜報とか身柄拘束とかをやり易くなる。実際、ブッシュ大統領はアフガン侵攻について白紙委任状を議会から取り付けたしね。で、国民は安全のためなら仕方ない、と思うし、積極的に協力さえする。

アメリカの産業のかなりの部分を占める軍産共同体にとっても、市場を拡大する追い風になる。戦争に及ばなくても(実際には及んだんだけど)、様々な治安維持、軍事関係のデバイスが売れる。予算も取れる。

そして何よりも、外部からの脅威に立ち向かわなければ、というときにはアメリカ人は大統領の元に団結する。国家の危機に際して、大統領に反対することは難しい。大統領の支持率にもプラスです。

んなもんだから、あの政権は国民が、世界中の人々が、危機の瀬戸際に立っているのだと信じるように、折に触れて人々を脅していました。まあ、実際にまったく安全な世界に生きていたわけではないですけど、実際の脅威以上に戦略的に人々に恐怖感を忘れさせないよう努めたように見えますよね。「そんなに危機が迫ってるの?」なんてとても口にできない空気を作ってた。

空港のセキュリティチェックはその手段として一番使い易いものですよ。テロの脅威があるのだ、危険なんだということを忘れさせないため、検査を煩雑に、厳しくしていく。パソコンを取り出せ、スーツケースはカギをかけるな・・・。そうすると、みんな空港を通るたびに、世界は危ないのだ、脅威に満ちているのだ、と再確認させられる。ホントはどれくらい脅威に満ちているのか分からないし、一般人には知りようもないんだけど、そうやって「テロの脅威、危険、危険」と刷り込まれていく。


今回のBAのCEOの発言は、やっとその呪縛が解けたというか、なんかおかしいんじゃないの?っていうことがやっと言えるようになった、ということなんだと思うんですよ。みんな、鬱陶しいなぁと思っても、「安全のため」と言われれば反対のしようがない。検査を厳しくすることには賛成できても、緩和については口を開きにくい。それがやっと、冷静に考えたら無意味なんだから止めてもいいじゃん、と、当事者がやっと発言できた。そういうことかと。

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なんて考えてたら、国際ニュースで「イギリスからアメリカに向ってる飛行機にイエメンからの不審な荷物が!」なんていうニュースを速報で流している。どこまで本当なのか、どのくらい取り越し苦労なのか知らんけど、BAのCEOの発言を牽制するようなタイミングの良さ。

なんだかなぁ。

September 02, 2010

「外圧」が懐かしい。

そういえば昔、「外圧」という言葉が日常的に使われていたような気がする。ニュースはいつも、「外圧」の話を伝えていた。そう、「外圧」は「gaiatsu」としてそのまま英語でも使われるくらい、みんなのお気に入りの単語だったよ。

とかく反応が鈍く、なかなか明確な政策を打ち出さない日本政府に対して「外圧」は有効な手段だったよね、特にアメリカにとっては。なんとかしろ、という圧力を外からかければ、日本はあたふたと対応していたように覚えてます。市場を開放しろ、関税を下げろ、もっと輸入しろ、陰に陽に外圧をかけて対応を求めた。まあ、そうでもしなきゃ、他所様の顔色ばっかり見てなかなか決断ができなかったからね、日本は。

そして、「外圧」はアメリカだけでなく、日本の政策担当当局にとっても便利な言葉だったよね。何らかの対応を取らなければ「外圧」に負けてしまいます、「外圧」を緩和するにはこの程度の妥協が必要です、という感じに使えば、政策の合理性や妥当性についてネチネチと吟味されることなく政策を通すことができたからね。


「外圧」が盛んに使われたのは、バブルの頃までだったかな。日本経済が最も勢いづき、世界の市場を席巻し、その勢いが故に世界中のあちこちで摩擦を引き起こし、「なんとかしろ」と文句を言われた。その「なんとかしろ」の文句が「外圧」だったのでしょう。

*   *   *

気がつくと、すっかり「外圧」なんていう単語を目にしなくなったね。しぼんじゃって年中病み上がり、もはや脅威でもなくなった日本に「外圧」なんてかける用事もなくなった、ていうことなんでしょうかね。それどころか、「もうちょっとがんばってください、あなたが風邪ばっかり引いてると、周りも困るんですよ。」と心配されるような状況だもんね。

「外圧」をかけられてばかりの頃は、「大変だなー」「うるせーなー」とイライラもしたし反発も感じたでしょうが、思えば、「外圧」をかけられるうちが華だったんでしょうね。

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もうひとつ、国際経済の世界自体も変わったんだよね。国と国の二国間の通商関係ではなくて、市場経済が爆発的に拡大してる。「外圧」が見えなくなったのは、国際経済の「市場」、マーケットによる支配が強まったっっていうのもあるよ。変なことやってると、市場から警告を受け、場合によっては手痛いダメージを受けることもあるわけでさ。政治の世界はともかく、特に経済の分野においては、「外圧」は「市場の圧力」に置き換えられてしまった感があるなぁ。


「外圧」にノスタルジーを感じるほど、時が流れちゃった。

August 13, 2010

カガメ大統領の再選

「ホテル・ルワンダ」という映画があったの、覚えてます? 1994年、ルワンダのツチ族とフツ族(「族」という表現は差別的だという批判もあるようですが、言葉狩りをしても仕方ないのでそのままにしておきます)の対立が先鋭化して、フツ族によるツチ族の「民族浄化」が勃発、そんな中でフツ族のホテル支配人がツチ族の人々をなんとかして守ろうとした必死の行動を描いた映画です。実際に起こった悲惨な出来事なんですけど、「残酷でしょう?かわいそうでしょう?」っていう扇情的な演出を避けて、比較的さらっと描いたのが逆にリアルさを際立たせていた映画だったように覚えています。

日本ではメジャーな配給会社による上映がなく、あまり日の目を見ないままお蔵入りになりそうだったところだったのに、この映画はもっと広く公開されるべきだという市民運動、署名活動が拡大して、結果的にそれなりのヒット作になったという経緯も興味深かったですね。

そのルワンダなんですけど、第二次世界大戦後では最悪と言われた民族浄化からほんの15年しか経っていないのに、首都キガリはいまやアフリカでもっとも治安がよく、成長著しい注目の都市になってます。スタバを彷彿とさせるような清潔でシャレたカフェなんかも繁盛しているし、インターネットの普及率も高いなんていう話を聞きました。

その立役者がカガメ大統領。私がカガメ大統領がしゃべるのをちゃんとテレビでみたのでは、ユアン・マクレガーがアフリカ大陸をバイクで縦断するという番組でルワンダを通ったときに、妙に気さくにユアンの訪問を受け入れていた時でした。カガメ大統領はユアンを自宅に案内し、大統領がここまで私邸の中をテレビに映させてよいのかしらん?とか思ったの覚えてますよ。細身でひょろっとした体躯で、哲学者然とした語り口が好感を持てました。

民族浄化、国民同士が殺し合いをやった後の初代大統領ですから、悩みも深く、やることも多く、こういう思慮深い賢人宰相型の大統領がふさわしいんだろうなぁとも思った。

*   *   *

ルワンダの大統領の任期は7年。先週大統領選挙が実施され、カガメ大統領は93%の支持を集めて再選されました。まあ、普通に見てれば順当な結果だなと思います。

ただ、ですね。

選挙前から、あまり気持ちのよくないなニュースがぱらぱらと流れてきたのです。まず、カガメ大統領の対立候補で有力な人物は、ことごとく選挙に立てなくなっている。ある者は逮捕拘束され、ある者は被選挙権を停止され、またある者は暗殺されている。メディアの締め付けも厳しく、大統領与党の批判は事実上行えない状態になっているらしい。まあ、ジェノサイドからたった15年でここまで経済を回復させ、社会を安定させた功績は大きいので、批判しにくいカリスマになっているとは想像されますけど、それでも当局が批判を封じてしまっているという情報はちょっと気になる。

で、こないだBBCのインタビュー番組に出ていたカガメ政権の女性の外務大臣は、「ルワンダの悲惨な過去は、過去とはいえまだつい先頃の話で、こういう情勢では民主主義よりも国民の和解を優先せざるを得ない、そのためにある程度強権的な政権運営はやむを得ない」というったような趣旨の発言をしていたんですよね。事実上、反対派の弾圧を認める発言に聞こえた。

うーん。

アフリカをはじめ、世界の脆弱国家を見てみると、民主主義の実践が最前の解決策で、絶対的に正しいと断言できない実情があるのは、確かにそうなんですよね。特に、欧米の主張するように厳密に自由で公正な選挙に実施が絶対的に正しい、とは言い切れないところがある。現に、東南アジアは今でこそ繁栄を享受し、いろいろ不都合はありながらもとりあえず民主的な制度と認められる程度のことはやっているけど、ついこの前まではどこも開発独裁の国ばっかりだったわけです。国民の教育水準とか、経済水準とかがある程度の条件を満たさないと、自由選挙が社会の安定を逆に損なうことも多くて、スタートラインに立つまではある程度強引な政権運営が必要だったりする。

一種の哲人政治だと思うんですよね。Wikipediaによると、哲人政治とは「哲人王を統治者とする独裁政治体制の一種」とある。マルコスが、スハルトが、リー・クアンユーが、マハティールが「哲人王」であったかどうかは議論の分かれるところでしょうが、開発独裁は衆愚政治を避けるためのひとつの解決策であったともいえる。民主政治をやっても衆愚政治に陥らないところまできて、初めて自由で公正な選挙をやれるのかもしれない。哲人王というよりは、私欲のために国家を利用しただけの僭主だった支配者もあまたいるんですけど、開発独裁は過渡的体制として機能したことも確かだと思う。

カガメ大統領の哲学者然とした人物像と大統領第一期目は業績は、カガメ大統領を事実上の哲人王、少なくとも開発独裁と見なすに足るものなのだろうか。先週の大統領選挙は、カガメ大統領を哲人宰相と認証するための儀式だったのだろうか。

思い起こすのは、ジンバブエのムガベ大統領。30年前のジンバブエ独立は、人種差別政策をとってイギリスがら一方的に独立宣言をしていた南ローデシアのスミス政権を、ムガベ氏らが率いる愛国戦線が打倒して獲得したものなんですよね。独立後のジンバブエは人種差別の撤廃を打ち出し、現に当時の内閣には白人の大臣もいた(って、現在もジンバブエの教育大臣は白人なんですけど)。イギリスはムガベ氏の業績を高く評価し、「Sir」の称号まで送っている。

ところが30年後の今はどうか。1980年代の黄金時代はどこへやら、政権幹部は私利私欲に走り、経済は崩壊し、国際社会からは孤立し、民主的とはおよそ言えない選挙ばかりを繰り返し、白人・欧米を露骨に敵視し、英連邦からは脱退し、推しも推されぬ世界の問題児です。ムガベ氏だって哲人王かと思われた時代もあったのに、です。

対照的な南アフリカのマンデラ氏の例もある。高齢だったというのもあるのでしょうが、デクラーク政権で最後になった白人政権を清算して新・南アフリカの礎を築いたところの早い段階で後任を立て、民主的な選挙で後任の大統領が選ばれる環境を作った。いまや神格化されたマンデラ氏を批判することは御法度になっているし、哲人王のまま晩年を迎えていらっしゃる。(実際には縁故主義の問題もあったらしいんですけど、もはやだれもそんなこと口に出せないでしょうね。)

カガメ大統領はどういう道を進むのか。今のルワンダ経済の好調ぶりを見ていると、そう遠くないうちに西側諸国が標準的と認めうる民主主義の実践が可能なスタートラインに達するかもしれない。そのとき、カガメ大統領は自由で公正な普通選挙を実施できるのだろうか。

とりあえず、大統領二期目の任期の新しい7年が始まりました。今後の動きが気になります。

August 07, 2010

今どきの就活って憂鬱だね。

このところ、新卒の就職率が悪いとか、就職活動が大変だとかいう記事がたくさん出てますね。そもそも新卒一括採用というシステムがもはや合理性を失っているのに、未だにそれが支配的な採用システムで、これじゃ日本企業の活力も無くなるし、若い人材は潰されていくし、大学ではまともな学究活動ができないし・・・というような話もよく聞く。内田樹先生の「日本の人事システムについて」とか、どこで読んだのか、山田昌宏先生のお話とか、いやあもう、まったくそうだと思いますよ。

私自身が新卒(っていうか院卒)で社会に出たのは1996年で、当時は大学3年、ひどい場合は2年の秋から就活はじめなきゃいけないというようなとんでもない状況にはまだ至ってなかったけど、「就職超氷河期」なんて呼ばれた時代で、それなりに厳しい時代だったし、結局今に至るまで、6回、7回も転職を重ねることになってしまってるので、今、就活をやっている学生の人たちのストレスも分かる気がする。

そう、内田先生のエントリにもあるように、査定される側に立たされて、なんの基準だか分からないところで査定されて、わからないところでダメ出しをされてしまうという構造にマイッてしまうんですよね。採用側はあたかも合理的な基準で(でも、明かされない基準で)査定しているように振る舞うので、採用される側は訳も分からぬまま「自己分析」だの「志望動機の充実」だのに走っちゃう。で、「ご縁がありませんでした」なんて言われることが続くと、自分は社会に役立つ人間ではないのではないか、社会に必要とされてないのではないかと、不安をつのらせ、精神的にマイってしまう。自信を失ってしまう。自分自身を認めることができなくなって、本当に社会に出れなくなってしまう。

しかも、多くの日本の会社は新卒の一括採用を続けているし、「新卒」のブランドは未だに絶大なので、大学卒業のそのときに就活に失敗してしまうと、もう、挽回不可能な感じで、なんだか人間的に否定されたようなダメージを受けてしまうんだよね。

*   *   *

ちょっと話はずれていくんだけど、人が社会でよく生きて行くためには、根本的なところで社会に対する信頼がないといけないんだろうと思うんです。自分はこの社会に受け入れられているんだ、この社会に生きる場所があるんだって、本能的に、無意識的に信じられることが大切なんじゃないかという気がしてる。

その最初のステップは、やはり両親の愛、家族の愛から始まる。使い古された陳腐な言葉ですけど、親から受ける「無償の愛」は、社会に対する信頼の始まりだと思う。子どもはまだ未熟だし、できないこともたくさんあるんだけど、親はそれでもかわいがって、世話をしてくれる。見返りを求めることなく、受け入れてくれる。子どもはそんなこと意識していないと思うけど、自分が生きて行くことを当たり前だと感じ、疑問をもたない。この段階で、社会に対する信頼、自分には生きていく場所がある、っていうことが精神の深いところに刻まれていくんだと思うんです。

やがて小学校に入学し、中学校に進む。子どもたちは自分の生きて行く社会を少しづつ広げていくわけです。いじめられたり、けんかしたりしながらも、少しづつ広がっていく社会の中で自分の居場所を模索していく。軋轢はあるけれども、自分の存在を確認しながら、自己を確立していくんですよね。

受験、なんて人から査定されるイベントもあるんだけど、これは、基準がはっきりしている。所詮、点数なんだから。そりゃ、点数取れる方がいいには決まってるんですけど、それだけが社会、世界じゃないことは明らかだし、ダメならダメで、別の道はいくらでもあるし、もっと勉強がんばる、なんていう対策もある。世界は広いし、生きていく場所はいくらでもある。

学歴社会を非難し、受験戦争は点数だけで判断するのがけしからんと非難し、内申点やらなんやらを取り上げて、「点数だけではなく、もっと総合的な能力や潜在力を見て合否を決めるべき」なんていう人がいるけど、もしそんな試験ができて(できっこないけど)、かつその試験に落ちちゃったらどうするわけ?人間失格なわけ? 結局、現場で起きたことは、内申点を上げるためだけのボランティア活動に忙しい、よい子ちゃん競争にいそしむ子どもたち、だったじゃん。そんなの、もっと病んでるよ。

あ、話が逸れた。

とにかく、社会に対する根源的な信頼、が、アイデンティティの確立の前提条件のように思うんですけど、今の日本の新卒の採用制度っていうのが、この「信頼」を崩すような働きをしているように見えるんです。学生に対し、「あなたは社会に必要とされていない」と宣告する仕組みを構成してしまってる。さっきの、点数だけでなく総合力を判定する受験、と似たような感じ。基準がよくわからないけど、よくわからないなりに努力を求められて、受かればいいけど、ダメなら人間失格かっていう気分にさせられてしまう。みんな「新卒」をありがたがるので、この機に内定もらえなければ失格、おしまい。強烈なストレスです。自己の存続にかかわるストレスになると思う。引きこもっても当然だって思うよ。

両親の愛、家族の愛を受けて育ち、学校という大人社会の予行演習を経て、やっと自分っていうものを培ってきて、さて、社会に出るぞっていうところで、一斉にふるいにかけて、「あなたは社会に必要とされていません」って宣告する。採用側にそんなつもりはなくても、まだまだ脆くて不安定な学生さんたちにとっては、そりゃ、アイデンティティの危機になってしまいますよ。

私の場合は、とりあえず社会に出てみて、おかしいな、こんなはずじゃないよな、って転職を繰り返したり、もう一回大学院に行ってみたりして、とりあえず自分自身の衣食住くらいは賄えるところまで来ました。幸運にも鬱病にかかることもなく、ホームレスにもならなかったし、生活保護も受けずに済んだ。でも、今のご時世は、そんなことやってると「非正規」から「ワーキンブプア」への深い穴に落ちちゃったりする恐怖もあるよね。そんな時代じゃなくてよかったと、正直、ちょっと安堵している自分もいます。

でも、やっぱりひとつだけ。

就活のただ中にいると、それが世界のすべてのように感じられるし、ちゃんとしたところに勤めないと体裁も悪いし親も心配する、っていうのもあるかもしれないけど、意外と世界はもっと広いんじゃないかな。息苦しい日本から逃げたっていいし、自分一人くらいなら養える道は「新卒でどっかの会社に入る」以外にもあるよ、きっと。

July 19, 2010

ダーバン。裏表のある街。

南アフリカ第3の都市、ダーバン。

インド洋に面して白い浜が続く美しいリゾート地というイメージがある反面、外務省の海外安全情報では、戦争が起きてるわけでもなければテロリストが潜んでるわけでもない平時の街なのに市街中心域に「十分注意」が出ていて、さらにその中心部のメインストリートは「地球の歩き方」でも「昼間でも徒歩で出歩いては行けない」との注意書きがあります。

そこをレンタカーで通り抜けてみました。確かにここじゃ車を降りたくない。というか、赤信号で止まるのも不安。ゴミが散らかった通りに、なにをやってるのか分からない人がたくさんうろうろしている。商店のウィンドウには鉄格子のシャッターがついてるし、ぎっしり黒人を乗せたミニバスが乱暴に走り回ってる。街を歩いている人も、ほぼ100%黒人。たとえ「地球の歩き方」の注意書きを読まずに入り込んでも、直感的にここはまずいぞと気付くと思うよ。スラム化してるとまでは言わないけれど、かなり荒廃しているのは感じられる。

中心部を抜けて、ダーバンの北部郊外方面に出ると、状況は一変。ゆったりとした敷地に芝生の緑も美しい住宅や店舗が並び、街路樹の植わった道路も整然としている。高台からは海が見渡せ、アメリカ西海岸のような異様に健全な雰囲気(って、カリフォルニアに行ったことないけど)。たぶん、白人とカラード(ダーバンはインド系住民が多い)が主な居住者だと想像されます。

かつてニューヨークも似たような状況にあったはず。ジュリアーニ市長の下でスラム地区の改善政策が行われて、見違えるように治安も改善したと聞きました(ニューヨークも行ったことないけど)。

振り返って、我が国にはそういう中心部が荒廃して郊外に健全な街が広がる、という都市はあまり聞かないですよね。東京を例にとっても、江東、江戸川、あるいは新宿の方にはガラの悪い地域もあるけれど、スラムってわけじゃないし、人が歩けないわけじゃないしね。

なぜ、中心街が荒廃した都市ができるのか。そういえば、今私が住んでいるハラレも当てはまるなんです状態ですけどね。

理由としてまず、物理的に開発可能な土地の面積の違いが考えられる。ダーバンにしても、ハラレにしても、都市部を広げていこうと思えば、どんどん郊外に広げていくことが可能。山地や海にぶちあたることもなく、割と平坦な(道を造れば車で走れる程度)の土地が延々と広がっているので、新市街をどんどん開発していける。荒廃しつつあるエリアから離れて、新天地を開拓することが比較的簡単。日本じゃ、そういう土地があるのって、北海道くらいじなんじゃないでしょうかね。

で、上記の理由もあって、日本では公共交通機関がよく整備されている。限られたスペースなので、その内側に鉄道や地下鉄を縦横に整備して、人々が車じゃなくても移動できる効率的な街ができる。だだっぴろく拡大した都市圏には、幹線の鉄道は整備できるだろうけど網の目のように鉄道網を張り巡らせることは経済的に割に合わない。

公共交通機関が便利なので、日本では中産階級、あるいは富裕層でも電車や地下鉄に乗る。車がステイタス、という面はあるし、一握りのVIPは電車には乗らないだろうけど、一般人が電車に乗ることになんの疑問もない。

他方で、ダーバンのような街だと、郊外に広がった美しい住宅地では車がないと動けない。公共交通機関っていっても、ミニバスくらいしかないし、ミニバスは不便。なので中産階級以上は車が主要な交通手段になる。結果として、車を持てず、公共交通機関に頼らざるを得ない層が、都市中心部に住むという構造にならざるを得ない。とすると、公共交通機関は貧しい層の乗り物ということになり、ますます中産階級の足は遠のく。豊かな人ほど郊外に逃げて行く。

そういえば、世界の有名な観光地では、往々にして高級なホテルほど郊外にあるよね。駅前や空港近くのホテルは良くてもビジネスのレベル。本格的な「ホテル」は郊外で車でしかアクセスできないところにあるのが普通。ま、余談ですけど。

そう、それで、経済格差によって住むエリアが確定され、貧しい層は都心部に、豊かな層は郊外に、となっていくわけですねぇ、たぶん。そして、車を主な交通手段とする中間層、富裕層のために道路はまずます整備されていく。現に南アフリカのハイウェイの整備状況はすばらしい。片側3車線、4車線、5車線の120km以上で飛ばせるハイウェイは快適。

都心部が荒廃した都市ができる理由には、物理的に開発可能な土地の広さ、それに伴う公共交通機関の整備状況、そして住民の経済格差が挙げられると思うのですが、もうひとつ、人種問題があることも無視できないと思われる。歴史的経緯から一般的に黒人が貧しい。いくらアパルトヘイトが終わったといっても、合法的な経済活動で収益を得ている白人のビジネスや土地を取り上げるわけにはいかないし、それこそ逆人種差別になっちゃう。植民地時代の遺産で食ってると言えばそうかもしれないけど、現実には南アフリカの土地を「購入して」入植し、しかるべき「投資をして」財を成した白人が少なくないので、「植民地主義の下で原住民の財産を搾取した」とは言い切れないし。
生まれながらの不平等は是正されるべき、として相続税の課税強化したところで、法人化されている財産には影響は現的的でしょうしね。

どうしても乗り越えられない人種間の壁は、社会の分断を促進する方に働くことはあっても、融合させる方に働くことは、まあないでしょう。結果、固定化した貧困層には黒人が多く、荒廃した都市中心部に住み、ますます白人やカラードの中産階級から蔑視され、取り残され、都市中心部と郊外の分離が進んでしまう。

*   *   *

ニューヨークで成功したと言われる都市再開発。
ただ古い建築を取り壊して道路やインフラを整えて形を繕ってみても、格差問題を解決しない限りは似たような荒廃地域が別のところにできるだけな気がする。税制や社会福祉政策、南アフリカではさらに積極的差別是正策(Affirmative Action、南アではBlack Empowerment Act)も必要でしょう。それが都市の治安改善、行政の決まり文句みたいですけど「住み良い街づくり」に繋がっていくんでしょうね。

ダーバンの郊外は美しいです。海も近いし、緑も映える。でも、背後にあまりにも暗い都市の分断状況があることを思うと、単純に「すばらしい街だね」って手放しで歓迎できないです。

格差問題が注目を集める日本にも、こんな風に分断された都市ができるのかな。またあるいは、日本以上に格差が広がっている中国沿岸部の都市はどんな具合なんでしょう?

July 13, 2010

ソーシャルメディアが市民権を得るまでもう一息かな。

参院選の結果は賢い人たちが様々に評価し分析して論評してらっしゃるので、日本の情報に乏しい遠隔地に住んでる私がわざわざ何か書く必要もないような気がしたんですが、一点だけ、備忘録を兼ねて記録しておきたいことが。

今回の選挙は結局ネット上での選挙活動を一部解禁する改正公職選挙法の成立を待たずに実施されてしまったので、ネット上での本格的な政策論議は何も行われなかったわけですけど、それでも、従来からあるマスメディアだけではなく、ソーシャルメディアが世論形成に一定の役割を持ち始める兆候が明らかになったように思いますよ。私が、こんな変な外国にいて日本のテレビはおろか、新聞さえロクに見れないという環境にあることを差し引いても、ネット上での議論の持つ意味が大きくなってきたって感じる。

大手マスコミが、政治家の揚げ足取りに終始する底の浅い記事と、マッチポンプじゃないかって感じの政党支持率調査の結果で覆われるなか、ネット上ではいろんな論客が多様な角度から政治/政策を論じていたよね。ネット嫌いのマスコミさんたちは、ネット上の意見は匿名性が高くで信用できないと批判するけど、たとえ実名じゃなくても確かな視点とクールな頭を持った人の論説、意見は説得力を持って伝わってくるし、むしろ中立を装って、一人称を使わず、誰か他の人の発言を引用したり、政党支持率調査の結果を加工したり、あるいは単に受身形の文章で「〜が望まれる」とか「〜が批判されよう」といった無責任な書き方をして、社会の良識を代表してるようなエラそうな(でも薄っぺらい)論説をぶつマスコミの方がよほど信頼できない。

どうがんばったって、一次情報に接することができない人の方が大多数なのだから、「伝える」という仕事はなくならないはずなんだけど、それが大本営発表的なマスメディアだけでなく、ソーシャルメディアからの伝達が一般の人々にもアクセス可能になったのは、大きな進歩だよね。

日本におけるインターネットの普及率がどのくらいになったのか知らないけれど、もはやネットの世界はマスコミさんが言うような2ちゃんねるとオタばっかりの世界じゃなくなったわけでさ、マスコミによる一方通行のコミュニケーションじゃない、広大な言論空間として機能し始めたって感じじゃないですか?


というような、まとまりののないことをぼんやりと考えていたら、こんな記事が。
「参院選、どこに投票した? ”ネット出口調査”の傾向は」
「Yahoo! みんなの政治」と「ニコニコ動画」がネット上で参院選でどこに投票したかアンケート調査を行ったという話なんだけど、まだちょっと実際の参院選の結果とズレているところがある。ネット出口調査では、実際の結果よりも自民党が支持を得ている傾向があるとか、みんなの党の支持が多いとか。

まだ、ネットに親和的な層と一般有権者の間には差がある、ということでしょうが、やがてその差も小さくなっていくんですかねぇ。

July 10, 2010

最近、支持率調査っていかがわしくないですか?

参議院議員選挙が近づいていますね、という件で引き続き。

海外にいるので、毎日拡声器で名前を連呼する煩わしい選挙カーなんかとは無縁だし、日本のテレビ番組もほとんど見れないので(NHKワールドを時々見てるだけ)選挙の雰囲気は今ひとつないのですが、ネットのニュースを見てて思うのは、「報道機関って、こんなに始終世論調査をやってたっけ?」ってことなんですけど。小泉政権退陣後くらいからなんですかね、なんだか毎日のようにどっかで世論調査っていうか、政党支持率調査をやってる。

で、○○政権の支持率がまた下がったまた下がったと嘆いてみせる。それから、支持率が下がったのを見て、「〜への批判が影響していると思われる。」とか、したり顔な論評を書いてみせる。

でもね、このところその支持率調査の回数が多過ぎるというものあるんですけど、なんだか以前よりもマスコミのやる支持率調査、世論調査の説得力がなくなっていると思うのは、私だけ?

その1。
「無作為に電話をかけて意見を聞くRDD法で調査を行っています。有効回答率は65%。」っていうのが典型的な感じだけど、これって大丈夫なわけ? まず、「電話をかけたときに家にいる人」っていうところでバイアスがかかってるような気がしない?昼間電話してるのか、夜電話しているのか知らないですけど、有権者全体っていう母集団を正しく代表させるサンプルになってるのだろうか。もし昼間電話しているんだとしたら、会社員はほとんど電話にでないしさ。
 それから、有効回答率が6割、7割っていうのも、いいわけ?回答を拒否している人は、なんらかの理由があって回答してなくて、そこに何か有意なことが潜んでるんじゃないの?

その2。
マスコミが時の政権をけちょんけちょんに貶しておいて、そのマスコミが支持率調査をやるって、変じゃない?マスコミに批判的精神は必要だけど、いまの大手マスコミはあらゆる局面で揚げ足をとり、くだらないことを責め、「どうです?みなさん、○○総理はこんなにダメなんですよ。」って宣伝しまくるのが仕事になってるので、腹一杯そんな宣伝流しておいて、それから支持率調査をやったら、メディアリテラシーのあまり高くない層は「そうだそうだ!」って「支持しない」って回答するんじゃない?
「メディアリテラシーのあまり高くない層」ってやんわりと表現したけど、要はよくものを考えていないっていうか、内田樹先生の言葉をお借りすれば、「公民的成熟」が足りない層、っていう意味で使ったんだけど、マスコミの世論調査って、この層をターゲットにして調査を行ってないかって懸念がある。実はそういう層ってかなり厚いよ。mixiのニュースって、ニュースに会員がコメントを付けられるようになってますけど、ずらって並んでるあそこのコメントを見てみたら、反論する気にもならない意見、ノイズが山ほどぶら下がっててるじゃないですか。ああいう「公民的成熟」の足りない層にマスコミが「ほら、ひどいでしょう?」って訴えて、世論調査をやってるんじゃないの?マッチポンプっぽい話だけど。

その3。
世代間の対立に話を持って行きたくないので書くのは気が引けるんだけど、高度成長期に青年期壮年期を過ごしてきて人生に迷いが少なかった世代、がんばって努力すれば報われる、きっと明日は良くなる、って実際に良くなってた時代に第一線だった世代・・・団塊の世代とその上の世代・・・の意見がことさら大きく取り上げられてない?というのは、旧来のマスコミって、彼らのマスコミでしょ?それより下の世代は、旧来のマスコミも情報ソースのひとつだけど、その存在が相対化されてると思う。ソーシャルメディア、ネット論壇の情報に接してない層の「支持率調査」ないのって、疑っちゃう。


と、ぐだぐだ書いてみたけど、毎日毎日やられる報道機関の支持率調査、あれ見てると、なんか番組制作者側、報道側の人が、なんとかして政府、政権の足を引っ張って、支持率が下がれば手柄のように喜んで、辞任や罷免となれば「してやったり」って得意顔で自慢してるような様子が目に浮かぶんですけど。違うのかな?私の思い込み?